木材というやつは、どうにも名前が落ち着かない。
山に立っているあいだは、
その土地その土地でちゃんとした呼び名がある。
ところが伐られ、挽かれ、積まれ、船に乗せられ、
市場を二、三周したあたりで、
急に人格が変わる。
「まあ、だいたい似てるし」
「この名前のほうが売れそうだし」
「前からそう呼んでるから」
そんな理由で、
本名とは別の名前を与えられ、
しかもそのまま何十年も生き延びてしまう。
人間で言えば、
戸籍名はあるのに、
会社ではあだ名、
飲み屋では別名、
ネットではハンドルネーム、
しかも本人ももう何が本名かわからない状態だ。
木工・木材業界というのは、
なぜかこの手の曖昧さに異様に寛容で、
誤解と勘違いが、
きれいに年輪のように積み重なっている。
というわけで今回は、
あらためて紛らわしい木材の名前について、
少し腰を据えて眺めてみようと思う。
木そのものは悪くない。
問題は、だいたいいつも人間のほうだ。
木材の名称
木材の正式名称
木という素材は、人類史と癒着しすぎている。
石器よりも早く、
金属よりも身近で、
燃やせば暖かく、
削れば道具にも家にもなる。
あまりにも便利だったせいで、
世界中で勝手に名前を付けられてきた。
基本は産地の言葉。
つまり「地元呼び」だ。
それ自体は自然な話で、
問題はそこから先に起きる。
木材が国境を越え、
世界中を流通しはじめた瞬間、
この地元ノリは一気に牙を剥く。
同じ木なのに名前が違う。
同じ名前なのに中身が違う。
これでは話が噛み合わない。
そこで登場するのが、
植物界の戸籍制度、
いわゆる学名である。
学名は世界共通。
分類は「界・門・綱・目・科・属・種」。
正直なところ、
家具を作る上で「この材は何門ですか?」と問われることはない。
実務的に意味を持つのは、だいたい「科」以下だ。
学名の書き方は、
属名+種名の二語構成。
これを二名法と呼ぶ。
たとえばソメイヨシノ。
学名で書くと
Cerasus yedoensis
要するに「サクラ属の一種」だ。
種までは特定できないが、
サクラ属なのは確か、という場合は
Cerasus sp。
複数まとめてなら Cerasus spp。
ここまでは実に整然としている。
学者的にも胸を張れる、
きれいな世界だ。
紛らわしい木材の名前
ところが現実の木材市場は、
この整然とした世界とはあまり仲が良くない。
理由はだいたい単純で、
名前は売り物だからだ。
響きがいい。
高級そう。
どこかで聞いたことがある。
そういう名前は、
実際の血筋よりも強い。
たとえば「サクラ」。
本来はバラ科サクラ属のヤマザクラが正統だが、
木材業界では、
なぜかカバノキ科のマカンバやミズメが
「サクラ」と呼ばれることがある。
理由は簡単。
そのほうが聞こえがいいからだ。
カバを「カバ」と売るより、
「カバザクラ」あるいは「サクラ」と言ったほうが、
なんとなく格が上がる気がする。
もちろん、
両者はまったく別の科で、
親戚ですらない。
だが一度定着した呼び名は、
そう簡単には引っ込まない。
この「寄せる」文化は、
他の木材でも頻繁に見られる。
ブラックウォールナットに似ているから、
「ニューギニアウォールナット」。
マホガニーっぽいから、
「フィリピンマホガニー」。
チークの代わりになりそうだから、
「ユーラシアンチーク」。
どれも似ているだけで別人だ。
悪意があるというより、
「そう呼んだほうが話が早い」
という、業界特有の雑さが原因だろう。
ただしその雑さは、
初心者や一般ユーザーにとっては、
かなりの地雷になる。
紛らわしい木材の名称例(以下、血縁関係ゼロの比較表)
| ダオ(ニューギニアウォールナット) | ブラックウォールナット | |
|---|---|---|
| 科 | ウルシ科 | クルミ科 |
| 学名 | Dracontomelon dao | Juglans nigla |
| 産地 | 熱帯アジアからニューギニアにかけて | 米国、カナダの東部 |
| タンギール(フィリピンマホガニー) | マホガニー | |
|---|---|---|
| 科 | フタバガキ科 | センダン科 |
| 学名 | Shorea polysperma | Swietenia macrophylla 及びSw.mahagoni |
| 産地 | フィリピン | Sw. macrophylla;メキシコ南部、コロンビア、ベネズエラ、ペルー、ボリビア、ブラジルなどに分布するが世界の熱帯各地でも造林され、重要な造林樹種のひとつ。Sw.mahagoni; 西インド諸島などに分布し材質的に優れているが国内で消費されほとんど市場に出ることはない。 |
| ペリコプシス(ユーラシアンチーク) | チーク | |
|---|---|---|
| 科 | マメ科 | クマツズラ科 |
| 学名 | Pericopsis mooniana | Tectona grandis |
| 産地 | スリランカからマラヤ、スマトラ、ボルネオ、フィリピン、スラウェシ、ニューギニア、ミクロネシアなど | インド、ビルマ、タイ、インドシナなどの熱帯地域に分布し、インドネシアを始め、世界中の熱帯各地で造林されている。 |
| アガチス(ナンヨウカツラ)(ナンヨウヒノキ) | カツラ | |
|---|---|---|
| 科 | ナンヨウスギ科 | カツラ科 |
| 学名 | Agathis albaを含むAgathis spp | Cercidiphyllum japonicum |
| 産地 | マラヤ、フィリピンを含む東南アジアを経て、ニューギニア、オーストラリア、ニュージーランド、フィジー、ニューカレドニアなどに分布し、国により造林されている。 | 国産で本州、四国、九州などにも分布するが北海道が一番蓄積が多い。 しかし近年では少なくなっている。 |
| マカンバ 樺(カバザクラ)(サクラ) | ミズメ アズサ(ミズメザクラ) | ヤマザクラ | |
|---|---|---|---|
| 科 | カバノキ科 | カバノキ科 | バラ科 |
| 学名 | Betula maximowicziana | Betula grossa | Cerasus jamasakura |
| 産地 | 北海道から本州北中部、また南千島に分布。 | 本州の岩手県以南、四国、九州に分布。 | 本州、四国、九州、朝鮮にも分布。 |
まとめ
――というわけで、
木材の名前というのは、
思っている以上にいい加減で、
思っている以上に長生きする。
本当の名前があり、
ちゃんとした学名もあり、
血筋も履歴もハッキリしているのに、
市場に出た途端、
「まあ、この名前でいいか」と呼ばれ続ける。
しかもその呼び名が、
三十年、五十年、
気づけば百年選手になっているのだから、
もう誰も文句を言えない。
木は何も語らない。
「いや、私はウォールナットじゃないんですが」
とも言わない。
黙って削られ、
黙って磨かれ、
黙って売られていく。
結果、
名前だけが一人歩きして、
人間のほうが勝手に混乱する。
考えてみれば、
だいたい世の中のややこしい話は、
だいたい名前の付け方が雑なところから始まっている。
木材も例外ではない、
ただそれだけの話だ。
名前に振り回されず、
正体を知って、
納得して使う。
それができれば、
木との付き合いは、
だいぶ平和になる。
……まあ、
その前に業界のほうが名前を整理しろ、
という話でもあるのだが、
それはまた別の噺。


