針葉樹と広葉樹
木の世界にも「見た目で判断するな案件」がある
無垢の家具の話になると、
人は急に口調が厳かになる。
ナラ。
ウォールナット。
タモ。
名前を唱えただけで
「高級」「本物」「わかってる人」
みたいな空気が漂う。
一方で、針葉樹。
スギ。
パイン。
赤松。
なんとなく、
軽そう。
素朴。
素人のDIY。
……ほんとうに?
今日はこの
木材界の身分制度みたいな話を、
一回ぜんぶ疑ってみる。
針葉樹と広葉樹って、結局なにで決まってるのか
まず大前提として。
「針葉樹=針みたいな葉」
「広葉樹=平べったい葉」
これは半分ほんとで半分うそ。
葉っぱの形に頼りすぎると
そのうち森で迷子になる。
実際の定義はこうだ。
- 針葉樹
→ 裸子植物(タネがむき出し) - 広葉樹
→ 被子植物(タネが包まれてる)
つまり、
決め手は葉の形じゃない。
葉っぱがわりと広めで、
どう見ても針じゃないのに、
分類上は針葉樹、
という奴もいる。
たとえば──
イチョウ。
あの、
秋になると町中をざわつかせるやつ。
あれはうっかりすると広葉樹だと思ってしまうが、
れっきとした針葉樹だ。
知ると、
地味に世界観が揺らぐ。
木の中身は、案外、極端に違う
木材としての違いは、
外見よりも中身に出る。
針葉樹の内部は、
かなり単純だ。
構成の9割以上が
仮導管。
水を運ぶ。
以上。
一方、広葉樹。
道管。
木繊維。
柔細胞。
放射組織。
情報量が多くてうるさい。
だからこそ、
地球に現れた順番も、
まず単純な針葉樹、
その後に広葉樹、という流れになる
この違いが、
板になったとき、
そのまま表情になって現れる。
スギよりもナラの木目の方が
やたら語りかけてくるのは、
この違いがあるからだ。
広葉樹で代表的なナラの板目

針葉樹で代表的なスギの板目

早材と晩材──木の二重人格
次に年輪の話をしよう。
年輪にも二種類ある。
- 早材(春〜初夏に育った部分)
- 晩材(夏〜秋に育った部分)
針葉樹は、
この二つの差が激しい。
早材は柔らかい。
晩材は硬い。
結果どうなるか。
時間が経つと、
柔らかいところだけ
先に痩せる。
つまり、
使えば使うほど
デコボコになる。
これを味と呼ぶか、
欠点と呼ぶかは、
この際、どうでもよい。
だから昔から
浮造りなんて技法もある。
要するに、
そのままだと見た目がよろしくなくなるから、
予めそういう風にしておく。
あるいは生まれた時から風格を醸し出しておく。
老け顔の若者は年をとってもあまり悲壮感が出ないのと似ている。
家具に向いてるのは、どっちだ
ここで結論。
広葉樹。
理由は三つあるが、
ぶっちゃけ一つに集約できる。
重い。硬い。文句を言わない。
広葉樹はだいたい、
- 重く
- 硬く
- 変形しにくい
家具にとって、
これ以上ない性格だ。
針葉樹は軽い。
しなる。
動く。
建築では英雄だが、
家具になると
急に落ち着きがなくなる。
ただし。
寒冷地で
ゆっくり育った針葉樹は、
話が変わる。
年輪が詰まり、
密度が上がり、
重くなる。
こういう奴は、
家具としても一級品だ。
つまり、
生まれより育ち。
針葉樹は、経年変化が容赦ない
針葉樹は、
時間が経つと正直すぎる。
触ればわかる。
見ればわかる。
「あ、使ってるな」
「あ、ここ触ってるな」
全部バレる。
広葉樹は、
その辺が図太い。
多少使われても、
顔に出さない。
長く使う家具には、
この鈍感力が効いてくる。
塗装した瞬間、格が決まる
広葉樹に塗装すると、
急に黙り込む。
色が沈み、
木目が浮き、
奥行きが出る。
一方、針葉樹。
どうしても平坦。
悪くはない。
でも、
「高級感」
という単語とは、
あまり仲が良くない。
まとめという名の、身も蓋もない話
結局のところ。
- 日本の家具には広葉樹が選ばれてきた
- それは理にかなっている
- でも絶対ではない
日本は、時代にもよるが環境的には
- 木が多く
- 種類も多く
- 選べる立場にある
これは異常なほど恵まれている。
でも世界の多くは、
「ある木で、
どうにかする」
そんな歴史だった。
針葉樹か、広葉樹か。
そんな区分は、
最後にはどうでもよくなる。
木を見て、
木と話して、
使い道を決める。
それだけが残る。


