数ある木工品の中でもまな板ほどシンプルなデザインのものがあるでしょうか。
ただの板、でありながら無くては困るのがまな板です。
最近ではプラスチック製やゴム製のまな板を使う方も多いようですが、刃先の消耗を最小限に押さえるためにも、まな板は木製が抜群に向いていると思います。
その上近年世界的にも、環境保護のため、プラスチックの使用は極力控えるべき素材として厳しい目を向けられていますから、木製を選ばない理由がどこにあるのでしょう?
「木材だって使いすぎたら地球の緑が失われていくのでは?」なんて思っていませんか?
いえいえ、合法性や持続可能性が証明された木材・木材製品を積極的に利用することは、世界の森林保全活動を間接的に後押しすることに繋がります。
石油由来の製品よりよほど永続的で合理性がある選択だと思います。
そこで今回は木製のまな板に使われる樹種とその特徴、カッティングボードとの違いについて注目してみます。
木製まな板の手入れ方法とは
最初に、木製まな板は手入れが面倒だ、と思われがちなので木製まな板の手入れ方法を確認しておきましょう。
手入れ、と言ってもたいしたことはないので心配要りません。
頭に入れておくべき事はただ一つ、木材は環境によって水分を吸ったり吐いたりを繰り返す
ということ。
例えばまだ土が付いている野菜などを乾いたままのまな板の上で切ってしまうと、水分と一緒に汚れも一緒に吸い込んでしまうことになりますね。こうなると汚れを落とすのは大変です。
この対策として、
使う直前に予め水道水でよく湿らせることが有効です。
予め水分を十分に吸い込ませておけば、それ以上の吸い込みを防ぐことができるわけです。
これだけで清潔に使えます。
使用中も乾いてきたらまめに綺麗な水で洗い流しながら使うとよいでしょう。
使用後はそのまま放置せず、早い内に水道水とタワシで汚れを洗い流して、よく乾かします。
基本的にはこれだけで十分なはずです。
プラスティック製のまな板でも結局、こういうことを怠ると包丁傷の部分に雑菌が残ったり、黒ずんでくるのは避けられない事なので衛生面で木製が劣るわけではありません。
さらに手入れしたければオリーブオイルやクルミ油など、口にしても大丈夫なオイルを時々塗ることができれば完璧でしょう。
包丁で削られた小さな粒子が食材に紛れ込んでしまうリスクを考えてもプラスティック由来より木製の方が断然有利です。
さらに木製であれば表面を削り治しながら長期的に使えてしまうのですから、コスパ的にも環境的にもまな板には木製が一番おすすめなのです。
まな板に向く樹種
ここから注目して欲しいのは木製まな板に使われる樹種です。
まな板に向く樹種を選ぶ時、押さえておきたいポイントはずばり
硬さと抗菌作用
です。
ヒノキ、ヒバ、サワラ、モミ、カヤ、イチョウなどの針葉樹が多く使われるのは、比較的それらが柔らかい(比重が小さい)からでしょう。
ただし、針葉樹であっても私達日本人に馴染み深いスギやマツはあまりまな板には使われていません。
多くのスギはおそらく柔らかすぎる上、夏芽、冬芽の硬さの差が激しいので使っていると表面が凸凹してくるからだと思います。
これはマツ、パイン類も同じでさらにマツ類にはヤニ壺といわれる部分にマツヤニ(主にテレピン油)が含まれていて、これが出るとかなりべたべたしてとてもまな板として使う気にはなれません。
一方で広葉樹でまな板として使われている樹種は
ヤナギ、ホオノキ、キリ、ケヤキくらいでしょうか。
これらも広葉樹の中では柔軟性が高く比重の小さい木材です。
つまり包丁の刃先が適度に程よく食い込み、刃の負担を押さえられる材が適していると言えます。
プラスティックなどの素材ではどうしても包丁が若干滑ってしまいますが木材は適度に食い込み、滑るのを防ぐのです。
その上、木材の表面は多少の傷がついても水分を吸い込む事で平滑に戻る作用まで併せ持ちます。
このような理由から硬さ、柔軟性は重要な点です。
青森ヒバ
まな板に大事な固さ、柔軟性に加え、特に強い抗菌作用を併せ持っているのが「ヒバ」です。
中でも天然三大美林にも挙げられる青森ヒバは虫を寄せ付けない「ヒノキチオール(別名β-ツヤプリシン)」という成分が含まれていて様々な微生物に対して強力な抗菌作用を発揮します。
水虫を発生させる白癬菌、院内感染を引き起こす黄色ブドウ球菌や大腸菌(O157)などに対して抗菌力を発揮することやシロアリなどの害虫も寄せ付けない効果が認められているようです。
この最強ともいえるヒノキチオールは青森ヒバ以外には台湾ヒノキに含まれているそうですが残念ながら日本のヒノキにはほとんど含まれていません。
「ヒノキ」と言う文字から国産のヒノキにも含まれていると誤解されている方も多いようです。
ヒノキ
台湾ヒノキ以外の国産ヒノキには「ヒノキチオール」という強い抗菌物質は含まれていない、のですが国産ヒノキにも抗菌作用はあります。
ヒノキに含まれているのはα-カジノールやT-ムロロールというテルペン類やフェノール類によるもので、カビ類、枯草菌、ブドウ球菌、大腸菌などの細菌類に対し効果を発揮するようです。
国産ヒノキの中でも※人工三大美林に挙げられる尾鷲ヒノキや天然三大美林に挙げられる木曽ヒノキなどが特に良質な材料と言えそうです。
※人工三大美林
- 静岡・天竜杉(及びヒノキ)
- 三重・尾鷲ヒノキ
- 奈良・吉野杉(及びヒノキ)
【この木製品は何でできている?】わっぱ・めんぱ、曲げ物の産地による違いを見てみよう!!
イチョウ
イチョウのまな板もよく抗菌作用があるといわれていますが、詳しく調べようとするとイチョウの抗菌作用の情報がはっきりとしているのはその葉にあり、幹の部分にあたる部分にはいささか疑問が残ります。
一応、木材全般にテルペン類(有機化合物)が持つそれなりの抗菌作用はあると思いますが、青森ヒバやヒノキのように特別に強い抗菌性は期待できない気はします。
それでもイチョウにはそれ以外にまな板に適した特徴を持ち合わせています。
強い耐水性により水はじきに優れ、臭いを移りにくくする効果や、弾力性があるため、木目が均一のため、包丁の刃当たりが良く、刃に優しいことに加えて、軽い。
耐久性もあり、まさにまな板に打ってつけなのです。
バッコヤナギ
ヤナギ類の中でもバッコヤナギは古くからまな板に使われてきたようです。「ヤマネコヤナギ」という別名もあるようですが「ネコヤナギ」とは別物です。
こちらもヒバ、ヒノキ、イチョウと同様、「まな板の中で最も適材」と謳われることが多いです。
確かに価格的にも高級ですが、必ずしも高いから最適、と考えるのはちょっと違う気もします。
木材の価格は結局、その時の流通量と関係しているだけなので、高いということは希少、ということであって、製品として最適、ということとは違うはずです。
もちろんバッコヤナギもまな板に適材で最高クラスであるのは間違いなさそうですが、一番かどうかは何とも言えません。
ホオノキ
【木材の工藝的利用】 (明治45年出版)という古い文献によると次の様です。
○刀のさやにホオノキが最上とされていて、古くからホオノキは刃物の刃に対して相性が良い。
○まな板にもホオノキが最上、一押しで、他にはヤナギ、ヒノキは可、その代用としてカツラ。さらに他にはモミ、トドマツも用いる。
この時代、イチョウやヒバはまだまな板に使われていなかったのでしょうか?
興味深いところです。
ホオノキやカツラは肌がきめ細かく彫刻材としても使いやすい材料ですが、刃あたりを考えるとまな板の肌もこのようなものが適しているのでしょう。
ホオノキの特徴として、他には耐水性に優れている点。
木琴にも使われる材料だけあり、包丁の音が心地よい、というのも面白いポイントです。
カッティングボードとまな板の違い
この辺で気になる方もあるかと思いますがカッティングボードとまな板の違い、
です。
結論から言えば、カッティングボードは”cutting board”、すなわち欧米を中心とした国々で発生したまな板です。
なので使い方は一緒でもそこで何を切るのか?
つまり食文化に大きな違いがあるかと思います。
「カッティングボード」という大きな括りの中に日本の「まな板」がある。といったところでしょうか。
カッティングボードには硬い木材が使われている
国内で販売されているカッティングボードには例えば、チェリー、クルミ、クリ、リンゴ、オリーブ、ヤマザクラ、ナラなどや他にもいろいろな外材が使われていると思います。
これはパン食を中心とした国々では、パンやチーズ、ピザなどをギザギザ刃のついたブレッドナイフで切ることが多いので、あえて硬い材料が選ばれていると考えられます。
それともうひとつ海外のカッティングボード事情と、日本のまな板事情の違いとして考えられるのは、森林の環境にもあると思います。
実は日本という国は古くは木材の種類に大変恵まれていて海外のそれよりも選択肢がたくさんありました。
それに対して海外諸国では身近にある限られた木材から何とか選ぶしかありません。
そういった背景からも元来、日本人の方がまな板、というより木材全般用途に対して、より合理的な選定の意識が強いのかも知れませんね。
まとめ
今回私なりに調べて、思った結論をまとめると
まな板には
- 青森ヒバ
- ヒノキ
- イチョウ
- バッコヤナギ
- ホオノキ
カッティングボードには
固めの材(必然広葉樹が主)で匂いがキツくなければ何でもありでは?
という結論に至りました。