板のくせに偉い。木のまな板の話

暮らしと健康

木工品の中で、これほど設計図が短いものがあるだろうか。
まな板である。

板。以上。
家具屋としては若干くやしい。こっちは脚だの反り止めだの、木の機嫌だのに振り回されているのに、向こうは板である。
しかも板のくせに、台所から消えると家が回らない。偉い。

最近はプラスチック製やゴム製のまな板もよく見かける。軽いし、すぐ乾くし、色も現代的で、だいたい合理的である。
ただ、包丁にとっての住み心地だけは、木が圧勝だと思う。刃先が“ほどよく”受け止められる。ここは木が「どうだい?」と古参の顔をしてくる。

それに加えて、世界は今、プラスチックに対して目が厳しい。
「便利そうに見えるものほど後で面倒を見る羽目になる」という、人類が何度も繰り返してきた授業が、いま再履修されている感じだ。

すると、こういう声が聞こえる。

「でも木材だって使いすぎたら、地球の緑がなくなるんじゃないの?」

わかる。わかるが、そこは少し話が違う。
合法性や持続可能性が証明された木材・木材製品を“ちゃんと買う”ことは、森林保全の仕組みを間接的に支える側に回る、という意味を持つ。

石油由来のものを「いつか土に還るはず」と祈りながら使うより、ずっと筋がいい。木は少なくとも、育てればまた生えてくる。人間の気分よりよほど循環している。

というわけで今回は、木製まな板の手入れと、まな板に向く樹種、そして「カッティングボードって何が違うの?」問題を、そっと棚卸ししてみる。

木製まな板の手入れ方法とは

まず最初に言っておくと、木製まな板は別に“修行”ではない。
手入れが面倒そう、という印象だけが独り歩きしているが、やることはほぼ一つである。

頭に入れておくべきことはこれだけ。

木は、環境によって水分を吸ったり吐いたりする。

つまり木はスポンジ寄りの生き物である。
乾いた状態で、泥つき野菜とかをザクザク切ると、木が「お、栄養だ」と勘違いして、汚れごと吸い込む。これが黒ずみの第一歩になる。木の善意が裏目に出る瞬間だ。

対策は簡単で、

使う直前に、まな板を水でよく湿らせる。

先に水を飲ませておけば、これ以上吸えない。つまり汚れが入りにくい。
“満腹の木”は行儀がいい。

使用中も、乾いてきたら軽く洗い流しながら使うと良い。
そして使用後は、放置せず、早めに水道水+タワシで洗って、よく乾かす。基本はこれで十分。

「でも衛生面はプラスチックのほうが…」と思う人もいるが、プラスチックもサボると普通に黒ずむし、傷に雑菌は残る。つまりサボりは素材を超えて平等である。

さらにやる気がある人は、オリーブオイルやクルミ油など“口に入っても大丈夫なオイル”を時々薄く塗ると、気分的に完璧に近づく。
(塗りすぎてベタベタにすると逆に面倒なので、ほんの気持ちで。)

それに、包丁で削れた細かな粒子が食材に混ざる可能性を考えたとき、プラスチック由来より木粉のほうが精神衛生上だいぶマシだと思う。
木なら、まあ、木だし。

しかも木製まな板は、削り直して延命できる。
物が長く生きるのは、それだけで“環境に優しい”というより、“人間が怠けにくい”。この差は大きい。

まな板に向く樹種

さて、ここからが本題。木製まな板は「木なら何でもいい」というほど雑ではない。
注目すべきは樹種である。

まな板に向く木を選ぶとき、押さえておきたいポイントはズバリこれ。

硬さと抗菌作用。

硬いほど良いわけでもない。柔らかすぎてもダメ。まな板は“包丁の受け身”なので、ほどよく食い込み、ほどよく戻る材がちょうどいい。

ヒノキ、ヒバ、サワラ、モミ、カヤ、イチョウなどがよく使われるのは、比較的やわらかくて刃当たりが良いからだと思う。

ただし針葉樹なら何でもOKというわけではない。
スギやマツがあまりまな板に使われないのは、たぶん性格がまな板向きじゃないからだ。

スギは柔らかすぎるうえ、夏目・冬目の硬さの差が大きいので、使っているうちに表面が凸凹してくる。
マツやパイン類はさらに、ヤニ壺がある。ヤニが出るとベタベタして、まな板というより罠である。

広葉樹でまな板に使われるのは、ヤナギ、ホオノキ、キリあたりが代表格。
これらも広葉樹の中では比重が小さめで、刃当たりが優しい。

木は、刃先が適度に“入る”から滑りにくい。プラスチックだと若干ツルっといく瞬間があるが、木はそれを許さない。地味だが頼もしい。

さらに木は、多少傷がついても水分を吸って膨らみ、表面の荒れが“少し”落ち着く。もちろん万能ではないが、木は意外と自己修復っぽい事もする。

針葉樹と広葉樹 家具製作における各特徴

青森ヒバ

抗菌の話で毎回ラスボスみたいに出てくるのがヒバ。
中でも青森ヒバは、ヒノキチオール(別名β-ツヤプリシン)という成分を含み、抗菌性が強いと言われる。

白癬菌、黄色ブドウ球菌、大腸菌(O157)などに対する抗菌力が話題になりがちで、さらにシロアリを寄せ付けにくいなどの話もある。
木が台所で急に武闘派になる。

ちなみに、この“ヒノキチオール”は国産ヒノキにはほとんど含まれていないと言われる。
「ヒノキって字が入ってるからヒノキにもあるでしょ」と思った人は、ここで一回しゃがんでほしい。文字は優しいが現実は優しくない。

ヒノキ

国産ヒノキにヒノキチオールはほとんどない。だが抗菌作用がゼロという話でもない。
α-カジノールやT-ムロロールといったテルペン類・フェノール類が関わっている、とされる。

カビ類、枯草菌、ブドウ球菌、大腸菌などに対し効果があると言われ、良材としては尾鷲ヒノキや木曽ヒノキなどの名前が挙がりがちだ。
木もブランド社会で生きている。

※人工三大美林

  • 静岡・天竜杉(及びヒノキ)
  • 三重・尾鷲ヒノキ
  • 奈良・吉野杉(及びヒノキ)

わっぱ・めんぱ、曲げ物の産地による違いを見てみよう!!

イチョウ

イチョウのまな板は「抗菌」と言われることが多いが、調べると抗菌の話はに寄っていることが多く、幹材そのものは情報が曖昧で、ちょっと慎重になりたくなる。

とはいえイチョウがまな板に向く理由は、抗菌だけじゃない。
耐水性が高く、臭いが移りにくく、弾力があり、木目が均一で刃当たりが良い。加えて軽い。
総合力が高い。だいたいが優等生なのだ。

バッコヤナギ

ヤナギ類の中でもバッコヤナギは、古くからまな板に使われてきたと言われる。「ヤマネコヤナギ」という別名もあるが、ネコヤナギとは別物らしい。木の世界は同じ名前が多すぎる。

そしてバッコヤナギは、よく「まな板の中で最も適材」とまで言われる。
ただ、ここで一回だけ冷静になりたい。

値段が高い=最適、とは限らない。木材の価格は流通量にも左右されるので、高いのは希少という意味でもある。
もちろんバッコヤナギが良材なのは間違いなさそうだが、「一番かどうか」は、だいたい立場主義の人間が勝手に決めている。

ホオノキ

【木材の工藝的利用】(明治45年出版)という古い文献に、面白いことが書いてある。

○刀のさやにホオノキが最上。つまり刃物との相性が良い。
○まな板にもホオノキが最上。一押し。次にヤナギ、ヒノキは可。代用としてカツラ。さらにモミ、トドマツも用いる。

この時代、イチョウやヒバはまだ主役じゃなかったのかもしれない。
木の流行も、ちゃんと時代で変わる。

ホオノキやカツラは肌がきめ細かく、彫刻材としても扱いやすい。
そして耐水性にも優れる。さらに木琴にも使われるだけあって、包丁の音が心地よいという話もある。
まな板は、音まで含めて道具なんだなと思う。

カッティングボードとまな板の違い

ここで気になるのが、カッティングボードとまな板の違いだ。

結論から言えば、カッティングボードは“cutting board”で、欧米圏を中心に発生したまな板である。
つまり、同じ板でも文化が違う。

使い方は似ていても「何を切るか」が違う。食文化が違えば刃物も違うし、板に求める性格も変わる。
ざっくり言うなら、「カッティングボード」という大枠の中に、日本の“まな板”がいる、みたいな感じだ。

カッティングボードには硬い木材が使われている

国内で売られているカッティングボードには、チェリー、クルミ、クリ、リンゴ、オリーブ、ヤマザクラ、ナラ、その他いろいろな外材が使われている。

パン、チーズ、ピザあたりをギザギザ刃のブレッドナイフで切る文化だと、板側も“多少硬いほうが都合がいい”という事情が出る。
つまり、道具の選定が生活に引っ張られている。

もうひとつ考えられる違いは、森林環境だ。
日本は、木材の種類が身近に多かった。昔の人は、限られた木で何とかするというより、たくさんの候補から「これが一番ラクで長持ちする」を選べた国だった。

だから日本人は、まな板に限らず木材の用途に対して、妙に合理的な選定をしてきた…のかもしれない。
情緒に見えて、けっこうドライだ。

まとめ

ということで、今回の話を雑にまとめるとこう。

まな板向きの候補はだいたいこのへん:

  • 青森ヒバ
  • ヒノキ
  • イチョウ
  • バッコヤナギ
  • ホオノキ

一方、カッティングボードは、
硬めの材(必然的に広葉樹寄り)で、匂いがキツすぎなければ、まあ何でも成立する。
パンとチーズはだいたい許容範囲が広い。

そして結局のところ、まな板は板なのに、生活を支えている。
板のくせに。
そこがいい。

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