わっぱとめんぱ —— 木と皮で成立する弁当箱の話

my wappa 木材

弁当箱の時間軸は、思っているより歪んでいる

アルミニウム製の弁当箱。
いつもカバンの中で、
音だけがやたらと元気なやつ。

あれが登場したのは、
1897年(明治30年)頃だという。

そして、
いまこの国の弁当箱界をほぼ制圧している
プラスチック製弁当箱。
その主素材であるポリプロピレンが誕生したのは、
1950年(昭和25年)頃。

つまりどういうことかというと、
私たちが「弁当箱」と聞いて
反射的に思い浮かべる素材の多くは、
だいたいここ100年ちょっとくらいの付き合いだ。

意外と浅い。

ところが、
ここで一気に話が時空をまたぐような感覚になる。

自然素材でできた弁当箱の代表格、
曲げわっぱである。

この曲げわっぱ、
歴史が長い、などという生易しい言葉では足りない。

確認されているだけでも、
その工法は約2800年前
縄文時代末期の遺物として発掘されている。

2800年前だ。
アルミ弁当箱が発明されるより、
約2700年も前である。

しかも、日本の産業として見ても、
江戸時代にはすでに
おひつや弁当箱としての形が確立され、
ごく普通に使われていた。

特別な道具だったわけでもない。
最先端でもない。
ただ、そこにあった。

さらに話に面白みを与えているのが、
その、素材だ。

古い発掘例の中には、
ケヤキの樹皮で作られたものも確認されている。

杉ですらない。
ヒノキでもない。
「板」でもない。
「木の皮」だ。

「そのへんにあった使えそうな「なにか」を、
とりあえず剥いで、
曲げてみた」

すべては、
そのくらいのテンションから始まっているのではないだろうか。

つまり曲げわっぱとは、
最初から完成された工芸品だったわけではなく、
使える素材を、使える形にした結果の集合体だ。
と思うんだよね。ボクぁ。


わっぱと、めんぱ

ここでひとつ、
言葉の話を整理しておく。

「曲げわっぱ」のほかに、
「めんぱ」という呼び方がある。

これは、
別物というより、
呼び方の癖みたいなものだ。

一説には、
山で働く木こりたちのあいだで、
「ご飯をめいっぱい入れられる」
というところから、
「めんぱ」と呼ばれるようになった、
とも言われている。

なるほど、
たしかにそういう場面では、
容量は正義だ。

なお、ネット上では
「めんぱ」は
ひらがな表記とカタカナ表記が混在しているが、
ここでは
ひらがなで「めんぱ」に統一しておく。

一方で、
いまでは曲げ物全般の総称として使われることも多い
「わっぱ」という言葉。

こちらは、
「輪」を意味するアイヌ語に由来すると言われている

つまり、
こちらは中身ではなく、
形の話だ。

つまり、語源を比べる限りでは
視点の違いが伺える。

とはいえ、
結局のところ、
めんぱも、わっぱも、
木材の薄板を曲げて作られた、
蓋付きの箱であることに変わりはない。

呼び方が違っても、
やっていることは同じだ。

ただ、
その呼び名が、
土地に残り、
使われ方に残り、
いまも、なんとなく、
区別され続けている。


産地など気にもしていなかったはずなのに

ふと、ある日漠然と、
「わっぱ(めんぱ)が欲しいなあ。」
と思った。

あの時はまだ、
産地など気にもしていなかったはずだ。

それでも調べ始めると、
なぜか、
逃げ場のないように
地名の話に行き当たる。

モノの歴史を調べるときは
だいたい、そうなる。

理由は単純で、
曲げわっぱやめんぱは、
土地の都合をそのまま形にした道具だからだ。

木があり、
人がいて、
仕事の癖があり、
それがそのまま残った。

結果として、
名前だけが地名と一緒に残った。

選ばれたわけでも、
ブランド化されたわけでもない。

そうなってしまっただけだ。

話は、
そこから先で、ようやく細かく分かれていく。

[秋田県]大館曲げわっぱ

江戸時代中期、
大館城主・佐竹西家が
下級武士の副業として奨励したことから、
大館曲げわっぱは作られ続けてきた。

材料には秋田杉が使われ、
1980年には国の伝統工芸品にも指定されている。

使われてきたのは、
日本三大美林のひとつとされる天然秋田杉だ。

ただしこの天然秋田杉は、
森林保護を目的として
2013年3月に伐採が禁止された。

そのため現在、
大館曲げわっぱに使われている杉材の多くは、
人工林として育てられた「秋田杉」になる。

天然秋田杉は、
樹齢200〜250年ほどで、
年輪幅が狭く、節のない柾目が特徴だった。

一方、現在使われている秋田杉は、
樹齢およそ100年前後。
年輪幅はやや広くなるものの、
色味はむしろ赤みがかり、
木目は均一で、軽く、弾力がある。

何より、
あの独特のやわらかな香りは、
今も変わらない。

素材として見れば、
条件が変わっただけで、
曲げわっぱに向いた木であること自体は、何も変わっていない

※参考
大館曲げわっぱ協同組合
柴田慶信商店
有限会社 栗久

[群馬県]入山めんぱ

入山めんぱは、
日本を代表する温泉地・草津の隣町、
群馬県中之条町の入山地区で作られてきた木の弁当箱だ。

江戸時代の末頃、
長野方面から技法が伝わったとされ、
この地域では、
林業に携わる人々の冬の仕事として受け継がれてきた。

特徴的なのは、その形だ。
入山めんぱは、小判型をしている。

今でこそ珍しくもない形だが、
初期のわっぱは丸形が主流だったらしく、
当時はこの小判型が、むしろ新しかったようだ。

丸は「円満」、
小判は「富」。

縁起物として扱われてきた、
という話も残っている。

ただし現在、
入山めんぱを作っている職人は、
事実上、一人だけになっているという。

技法としては、
すでに途切れかけている。

それでも、
作り方も、形も、
無理に変えられてはいない。

残っている、というより、
残ってしまった
という言い方の方が近いかもしれない。



材料の樹種:赤松(アカマツ)

使われているのは、
地元で採れる赤松。

杉やヒノキに比べると、
やや素朴で、
やや癖のある木だが、
軽く、弾きがあり、
曲げにも耐える。

入山めんぱの、
少し無骨で、
生活に寄った感じは、
この木の性格そのままだ。


[長野県]木曽めんぱ

中山道。
その中でも、奈良井宿あたり。

街道だの宿場だのと言われると急に歴史の匂いが強くなるが、
ここでつくられてきた曲げ物の中で、いちばん顔が広いのが
小判型めんぱ だ。

歴史はだいたい 400年くらい と言われている。
数字だけ見るとピンとこないが、
先に出てきた入山めんぱよりも、こちらのほうが先輩筋になる。

なので入山めんぱは、
この木曽めんぱの流れを汲んでいる、と考えられている。

ありがたいことに、
木曽めんぱは今でもいくつかの作り手が現役で、
こちらはそれほど苦労せずに、
ちゃんとした製品を手に入れることができる。


材料の樹種

  • 側板:木曽ヒノキ
  • 蓋・底板:木曽サワラ

ここがまず、木曽めんぱの大事なところ。

木曽めんぱは、
木を混ぜて使うことを前提にした弁当箱 だ。


木曽めんぱの三つの特徴

関係資料を見ていくと、
木曽めんぱの特徴は、だいたい次の三点に集約される。

  1. 材料の使い分け
  2. 側板の形状
  3. 拭き漆仕上げ

順にいく。


1.材料の使い分け

木という素材は、水を吸ったり吐いたりして生きている。
その中でも 木曽サワラ は、
吸水性と保湿力がやたらと高い。

だから昔から、
おひつや寿司桶といった
「ご飯を預ける道具」に使われてきた。

つまり、
ご飯をおいしく保ちたい弁当箱に向いていない理由がない。

ただし問題がある。

曲げわっぱの側板は、
薄く削った板を、無理やりぐにゃっと曲げて作る。
ここにサワラの厚板は使えない。

そこで登場するのが 木曽ヒノキ

しなやかで、強くて、
薄くしても文句を言わない。

曲げる部分にはヒノキ、
ご飯と直接向き合う部分にはサワラ。

この役割分担が、木曽めんぱの基本構造だ。


2.側板の形状

木曽の工人たちは、
側板をただの板だとは思っていなかった。

よく見ると、
側板の断面には 勾配 がついている。

木曽わっぱ 断面
断面図

曲げ物の板は、
外側と内側で円周が違う。
同じ厚みのままだと、
どこかに無理が集中してしまう。

そこで、
蓋や底に接する側を薄くする。

円周差による負荷を、
わざと薄く柔軟な方に逃がす。

この形状は、
反りや収縮も抑えてくれるし、
楔を打ち込むように組めるので、
隙間も出にくい。

つまり、
軽くて、丈夫で、きれい。

見えないところで、
めちゃくちゃ頭を使っている。


3.拭き漆仕上げ

木曽めんぱの仕上げは、
木地(無塗装)仕上げでもなければ、
いわゆる「塗り込む漆」でもない。

拭き漆 だ。

生漆を木地にすり込んで、
拭いて、
またすり込んで、
また拭く。

これを 3〜4回 繰り返す。

結果どうなるかというと、

  • 木目はそのまま見える
  • 木の呼吸は止めない
  • 汚れにくくなる
  • 艶が出る
  • 洗いやすくなる

おまけに、
漆には 抗菌作用 がある。

夏場でも、
中身が傷みにくい。

派手ではないが、
弁当箱としては理想的な仕上げ方だ。


木曽めんぱは、
作り手が違っても、
だいたいここに挙げた三点で共通している。

だから安心して選べるし、
逆に言えば、
この三点が外れていたら
それはもう別物だと思っていい。

※参考
木曽漆器工業共同組合
木曽海老屋通販
古澤漆器店

[静岡県]井川めんぱ

井川めんぱの歴史は、およそ二百年ほど。
静岡市葵区の山奥、井川という土地で、ひっそりと作られてきた。

──と書くと、なんだか今も村ぐるみで続いていそうだが、
実際はもうそういう話ではない。

現在、井川地区そのものには職人はいない。
技術は一度、土地を離れ、
静岡の町中で、たった一人の継承者によって作られている。

この時点で、もう十分に井川めんぱは
「静かな話」を背負っている。

材料の樹種:ヒノキ

井川めんぱのいちばんの特徴は、
形でも、産地でもなく、漆の塗り方にある。

木曽めんぱのような拭き漆(すりうるし)が
「木を生かしつつ、ほどよく守る」やり方だとすれば、
井川めんぱの漆は、もう少し覚悟が決まっている。

汁物を入れても漏れないよう、
板と板の継ぎ目には、何度も、何度も漆を重ねる。
控えめというより、むしろ執念深い。

その結果、
表面はきめ細かく、艶は深く、
色味も比較的、しっかり濃い。

木の箱というより、
「漆で密閉された器」に近い。

山の仕事、厳しい環境、
簡単には洗い直せない暮らし。
そういう条件が、この塗り方を選ばせたのだろう。

井川めんぱについて、もう少し知りたい人へ

静岡県郷土工芸品振興会
井川メンパ大井屋

この二つを見れば、
井川めんぱが「珍しいから残っている」のではなく、
「必要だったから、残った」ものだというのが分かる。

[三重県]尾鷲わっぱ

三重県指定伝統工芸品。
尾鷲わっぱ。

……と、肩書きだけ並べると立派だが、
現実はかなり静かだ。

現在、尾鷲わっぱを作っているのは、
「ぬし熊」四代目、ただ一人

明治二十年創業。
四十五工程。
数字だけ見ると、重厚で、歴史も万全に見える。

だが、その工程を実際に回しているのは、
今はもう、一人きりだ。

材料の樹種:尾鷲ヒノキ

尾鷲わっぱの材料は、尾鷲ヒノキ。
このあたりは分かりやすい。

ただ、見ていてまず目に入るのは、
継ぎ目の細かさだ。

やたらと細かい。
気になるほど、細かい。

わっぱというと、
「ざっくり」「素朴」「民芸」みたいなイメージを
勝手に持ってしまいがちだが、
尾鷲わっぱは、そういう油断を許さない。

細かく穴をあけ、
きっちり締め、
隙を作らない。

尾鷲という土地柄もあるのだろう。
雨が多く、湿気も強い。
いい加減な作りでは、すぐに負ける。

その結果として残ったのが、
この、やけに几帳面な継ぎ目だ。

尾鷲わっぱについて知るなら

ぬし熊
JTCO日本伝統文化振興機構

この二つを見れば十分だと思う。

尾鷲わっぱは、
数で残っている工芸品ではない。
「一人で、まだやっている」という事実そのものが、
すでに説明になっている。

[福岡県]博多曲げ物

博多曲げ物の始まりは江戸時代。
福岡市にある筥崎宮の神具として奉納されてきた、
かなり由緒のある曲げ物だ。

──と聞くと、
今も町のあちこちで作られていそうな気がするが、
現実はそうでもない。

昭和初期には二十軒以上あった工房は、
今では わずか二軒

減り方が、なかなか潔い。

そのうちの一つが
「博多曲げ物 玉樹」
現在は十八代目が、その手を動かしている。

十八代目、という数字だけで、
だいたい察しはつくと思う。
この仕事は、途中で投げ出すと
二度と戻れないタイプのやつだ。

(※以下の映像を見ると、その空気はすぐ伝わる)


材料の樹種:国産スギ

博多曲げ物に使われているのは、国産スギ。

特別に珍しい樹種ではない。
むしろ、身近すぎるくらいだ。

だが、
神具として使われ、
人の手を渡り、
長く残ることを前提にした器としては、
この軽さと柔らかさは、理にかなっている。

主張は弱いが、
扱いを間違えなければ、ちゃんと持つ。

博多曲げ物は、
そういう木を、
そういう使い方で、
ずっと続けてきた。

博多曲げ物について知るなら

柴田徳商店
博多曲物 玉樹

この二つを見れば十分だと思う。

数が減ったから希少、
という話ではない。

減っても、
まだ残っている。
その事実の方が、ずっと強い。

共通点について —— 桜の皮の話

ここまで、
現在国内で作られている
伝統的な わっぱ・めんぱ の産地を、一通り見てきた。

探せば、
きっと他にも作っている人はいる。
が、表に出てきやすい産地を並べると、
だいたい同じところに行き当たる。

そして、
材料について見ていくと、
これもまた、だいたい話が揃ってくる。

まず本体は、
スギ、ヒノキ、サワラといった 針葉樹
軽くて、扱いやすくて、
中身と喧嘩をしない木。

ここまでは、まあ納得がいく。

で、もう一つ。

継ぎ目を留めているもの。
これは、どこを見ても ほぼ同じ だ。

桜の皮。

気づくと、
どの産地でも、
どの作り手でも、
当たり前のように使っている。

強くて、しなやかで、
水に負けにくく、
しかも手に入る。

わざわざ説明されないが、
逆に言えば、
説明する必要がないくらい
「これが正解」だった、ということだ。


針葉樹で箱を作り、
桜の皮で継ぐ。

派手な話ではないが、
何百年も続いた結果として、
この形に落ち着いた。

こういう「残り方」は、
民芸家具と呼ばれるものたちとも、
どこか共通している。

民芸家具について

つまりこれは、
流行でも、偶然でもなく、
使われ続けて残った答え だ。

最後に

以上、
今回は わっぱ・めんぱの材料 に注目してみた。

形や産地の違いも面白いが、
最後に残るのは、
結局こういう地味なところだったりする。

椅子でも、弁当箱でも、
見えにくい構造や、
使われ続けた理由を眺めていると、
だんだん同じ話をしている気がしてくる。

→ ウィンザーチェアの背中を眺める話

木と皮。
それだけで、
ちゃんと弁当箱が成立している。

それで十分だと思う。

上等なものほど、買い方が雑でいい

ここまで書いておいてなんだが、
わっぱやめんぱは、
「勉強してから買う」類の道具ではない。

日本の伝統工芸品って、やっぱりいい。
持っているだけで少し、かっこいい。
しかもこういうのは、一生ものだ。
そう考えると、むしろ安い。

それに、
この上等なものを、この値段で手に入れてしまうのは、
ちょっと申し訳ないくらいだ。

数が減っても、まだ残っている。
だったらこちらも、
使うことで支えたい。応援したい。
そう思った。

大館曲げわっぱを見てみる
木曽めんぱを見てみる
わっぱ弁当箱を見てみる

最終更新日:2026/01

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