技能士という国家資格がある。
ある、のだが、世間での知名度は、なんともこう、微妙である。
国家資格と聞けば、医師だの弁護士だの建築士だの、なんだか光っている感じのものが頭に浮かぶ。白衣とか、六法とか、ヘルメットとか、そういうものだ。
ところが技能士はどうか。
国家資格である。まぎれもなく。なのに妙に地味である。
地味というか、そこにいるのに見えていない。町の片隅で黙って草むしりをしている人のような、そんな存在感である。
しかし、だからといって意味がないのかと言えば、そんなこともない。
むしろ、働く人間にとってはかなりまっとうな制度で、本来ならもっと評価されていいはずのものでもある。
| それぞれ働く人々に必要な一定以上の技能を技能検定により国が証明することで、技能に対する社会一般の評価を高め、働く人々の技能と地位の向上を図る |
要するに、「おまえはちゃんとできる人間である」と国が証明してくれる制度である。
言葉にするとずいぶん立派だ。ありがたい。ありがたいが、現実にはこの「ありがたみ」があまり世の中に伝わっていない。
会社によっては昇給や昇格に結びつくこともあるだろうし、転職のときに多少の信用にはなる。
会社側から見ても、業務に関係する国家資格を持つ社員が多ければ、いかにもちゃんとしていそうに見える。実際ちゃんとしている場合もある。
それでもなお、技能士という資格は、ほかの国家資格に比べるとやや影が薄い。
薄いというか、薄すぎて向こう側が透けて見えるくらいである。
なので今回は、この妙に地味で、だが本当はそこそこ立派な「技能士」について、あらためて見ていく。
国家資格というものの正体
まず最初に、国家資格とは何か、という話である。
当たり前のようでいて、これが案外ふわっとしている。
国家資格とは、一般に、国の法律に基づいて、各種分野における個人の能力、知識が判定され、特定の職業に従事すると証明されるもの
wikipediaより引用
つまり、国の法律に基づいているかどうか、ここが重要である。
都道府県や市町村の条例を根拠にしたものは国家資格ではなく、いわゆる公的資格になる。
ただ、この「公的資格」という言葉もなかなかくせ者で、民間資格にお墨付きを与えたようなものまで含まれることがあり、境界線は少々もやっとしている。
資格の世界は、思っている以上に種類が多く、そして名前の響きが似ていて、人を惑わせる。
国家資格にもいろいろある
国家資格といっても、その役割は一種類ではない。
試験に受かってもらうものもあれば、講習を受けて得るものもある。名称も「免許」だったり「士」だったり「許可」だったりで、統一感があるようでない。
ただ、意味としてはだいたい次の3つに分けられる。
- 業務独占資格
- 名称独占資格
- 必置資格
業務独占資格
これはわかりやすい。
その資格を持っていない人は、その仕事をしてはいけない、という資格である。
人の命や安全や公正な取引に直結するような仕事に多い。
そりゃそうである。誰でも勝手に手術したり、勝手に他人の土地を測量したり、勝手に消防設備をいじったりしたら困る。
○業務独占資格の例
医師、歯科医師、公認会計士、弁護士、税理士、弁理士、一級建築士、不動産鑑定士、行政書士、司法書士、土地家屋調査士、薬剤師、獣医師、測量士、助産師、看護師、理学療法士、作業療法士、救急救命士、歯科技工士、はり師、あん摩マッサージ指圧師、理容師、美容師、一級海技士、事業用操縦士、航空通信士、消防設備士、電気工事士、ボイラー整備士、宅地建物取引士など
たしかに、名前を聞けば「ああ、あれね」となるものが多い。
なお、自動車の運転免許もここに入る。あれも立派な国家資格である。毎日乗っていると忘れるが、あれは国のお許しなのである。
名称独占資格
これは、その仕事自体をやってはいけないわけではない。
だが、その名称を名乗ってはいけない、という資格である。
資格取得者以外の者にその資格の呼称の利用が法令で禁止されている資格
wikipediaより引用
つまり、「技能士です」と名乗れるのは、技能士試験に受かった人だけ、ということである。
これは地味だが、ちゃんと効いている。効いているのだが、やはり地味である。
そして、技能士という資格は、まさにこの名称独占資格にあたる。
○名称独占資格の例
社会福祉士、介護福祉士、保育士、保健師、調理師、栄養士、管理栄養士、技術士、技能士、マンション管理士、土地区画整理士、気象予報士、林業技士、労働衛生コンサルタントなど
業務独占資格と重なるものもあるが、ここでは重ならないものを中心に挙げている。
必置資格
これは事業所や会社に、必ずその資格を持つ人を置かなければならない、という資格である。
つまり個人の名誉だけでなく、組織運営のために必要とされる。
ある事業を行う際に、その企業や事業所にて特定の資格保持者を必ず置かなければならない、と法律で定められている資格。
wikipediaより引用
これも、業務独占資格や名称独占資格と重なっていることがある。
世の中の資格は、思った以上に入れ子構造である。
○必置資格の例
例として理・美容所における理容師・美容師、保育所における保育士、建築士事務所における管理建築士。他にも、危険物取扱者、クリーニング師、原子力発電所運転責任者、高圧ガス製造保安責任者、指定自動車教習所指導員、自動車検査員、浄化槽検査員、消防設備士、飼料製造管理者、電気主任技術者、防火管理者、麻薬取扱者、木材加工用機械作業主任者、旅行業務取扱管理者など
技能士の世界は思ったより広い
では、その地味な国家資格「技能士」にはどんなものがあるのか。
これが見てみると実に幅広い。木工だけの話ではまったくない。むしろ世の中こんなに技能で満ちていたのか、と少し感心する。
以上は2017年4月時点で、都道府県の職業能力開発協会によって試験が実施されていた職種である。
さらに指定試験機関が実施するものとして、次のような職種もある。
こうして見ると、技能士とは「手を使って働く人間の世界の地図」のようなものでもある。
自分の職種しか見ていないと忘れがちだが、世の中には実にいろんな「できる人」がいる。
そして、この制度には最初に書いたとおり、技能に対する社会一般の評価を高め、働く人々の技能と地位の向上を図るという目的がある。
立派な話である。
本当にその通りになってくれたら、もっといい。
とはいえ、試験を受けること自体は無意味ではない。
実際に練習するし、勉強もする。そうすれば当然、技術も知識も上がる。少なくとも、ぼんやり毎日をやり過ごすよりはずっとよい。
家具製作技能士という、やや地味で、しかし悪くない資格
家具製作技能士のはじまり
家具製作技能士が資格化されたのは、昭和36年である。
技能検定制度そのものが昭和34年に始まり、その2年後、「家具工」という項目の中で「指物」と「椅子製作」に分かれてスタートした。
さらに昭和40年には「椅子張り工」が加わる。
その後、昭和44年に現在に近い「家具製作」という名称になり、昭和48年には「椅子製作」が「椅子木地製作」に変わる。
昭和57年になると、「指物」「椅子木地製作」はなくなり、「家具手加工作業」と「家具機械加工作業」に再編された。
一方、「椅子張り工」は平成5年に「椅子張り作業」に変更される。
名前は何度か変わっているが、要するにそれだけ長く続いているということである。
流行り廃りの激しい世の中で、こういう制度が半世紀以上生き延びているのは、それなりの意味があるのだろう。 と思いたい。
技能検定試験要項
現在、家具製作部門には次の3つがある。
- 家具手加工作業
- 家具機械加工作業
- 椅子張り作業
いずれも1級と2級があり、確認したところ「家具手加工作業」には3級もある。
もっとも、実際にどれほど受験者がいるのかは少々気になるところではある。
受験資格はだいたい次のような感じである。
- 1級:7年以上の実務経験、または2級合格後2年以上の実務経験
- 2級:実務経験2年以上
※学歴や職業訓練などによって短縮される場合があるので、詳しくは厚生労働省のホームページで確認した方がよい。
※または各都道府県職業能力開発協会へ。
試験は各都道府県の職業能力開発協会が実施するため、日程も会場の雰囲気も少しずつ違う。
この「少しずつ」が案外ばかにならない。
私の経験や聞いた話では、受験者が数名しかいない県もあれば、建具製作の受験者と一緒にやる県もある。
立ち机だったり、あて台だったり、作業スペースが広かったり狭かったり、環境差がけっこうある。
東京などは受験人数が多いぶん、どうしてもスペースは狭めになりがちだと思う。
同じ試験でも、会場が違えば、ちょっとした別競技のような顔を見せる。
で、結局、技能士試験を受ける意味はあるのか
ここがいちばん気になるところだと思う。
国家資格というものは、たいてい「それがないと仕事にならない」から取る。だから人は必死になる。
しかし「家具製作技能士」は、そこまで切迫した資格ではない。
少なくとも多くの職場では、「これが必要だから今すぐ取れ」とは言われない。なくても仕事は回る。回ってしまう。
むしろ家具業界で実務的に重宝されるのは、必置資格である木材加工用機械作業主任者の方かもしれない。
こちらは試験ではなく講習で取れるが、実務経験3年が必要である。
家具業界における家具製作技能士
業界によっては、技能検定を受けることで待遇が良くなったり、手当がついたりするところもあるのだろう。
だが、家具業界、とくに無垢家具の世界では、そういう話はあまり聞かない。
昔は手当が出たとか、景気が良かったとか、そういう話は先輩方から聞く。
聞くのだが、たいてい昔の話として聞く。昔。ああ昔。なんだか遠い。
昨今の木工業界がなかなか厳しいのは、別の記事でも書いた通りである。
今どきの木工所では、手工具を駆使した手加工を日常的にやる職場はそれほど多くないだろうし、機械加工も日々の作業内容はある程度固定される。
要するに、普通に働いていれば、その職場で必要なことは自然と身につく。
では、それでもなお技能士試験を受ける意味は何か。
私が思うメリットは、だいたい次の4つである。
- 職人としてのモチベーション維持
- 技術の向上
- 知識の向上
- 独立後の多少の信用・信頼
たとえば職業訓練校や木工系の学校で基礎を学んで工場に就職した場合、学校で教わったことと現場のやり方が食い違うことは珍しくない。
むしろ食い違う方が普通かもしれない。
現場では、自分に割り当てられた作業だけを延々とやることになる。
そうすると、学校で覚えた知識や技術の大半は、使わないまま少しずつ薄れていく。
もし将来独立を考えているなら、あるいは単純に自分の腕を上げたいなら、仕事だけしていても足りない。
自分から練習し、自分から勉強し、自分から試験という不自由の中に身を置く必要がある。
こういうものは、最初が肝心である。
人は慣れる。慣れると堕落する。これはもう悲しいほどそうである。
早いうちに課題に取り組んだり、学科の問題を解いたりしておくと、自分がどれくらい忘れているかも含めて、よくわかる。
試験自体は、人生を賭けるような難関ではない。
だが、舐めて受かるほど甘くもない。合格しようと思えば、それなりに練習し、それなりに勉強する必要がある。
そうなれば当然、受ける人と受けない人のあいだには差が出る。
差が出るなら、受ける意味はある。
独立を考える場合も、認知度は高くないにせよ、国家資格であることには違いない。
しかも名称独占資格だから、技能士と名乗れる。
ないよりは、あった方がよい。最初の信用というのは、何もないところからひねり出すしかないからだ。
私自身、この「少しでも信用になるなら」という部分は大きな動機だった。
商売を始めるとき、仕事の伝手が潤沢にある人ばかりではない。
だから、「家具製作技能士なんて取っても意味がない」と言う人がいても、私はそうは思わない。
たしかに、劇的に人生が変わる資格ではない。
だが、面倒でもやる価値は十分にある。
迷っているなら、やってみた方がよいと思う。
どうせ何もしなければ、何も増えない。
本当は、会社も世間も、もう少し評価してくれていいのだが。
まあ、そういうところまで含めて、技能士という資格は少し不遇で、しかし嫌いになれない存在なのである。


