森というのは、いつだって人間の都合に振り回されている。
伐られすぎて泣かされ、守られすぎて弱らされ、
それでも何も抵抗することもなく、ただただ肩をすくめながらそこにいてくれる。
そんな“気の長い存在”たちの中でも、三大美林と呼ばれる森は、
まさに日本列島の長期ドラマの主役たちである。
ここでは、その森たちの歴史や性格、
そしてちょっとした愚痴まで拾い集めてみた。
三大美林 ― 日本の森は今日も人間に振り回されている
日本には「三大美林」なんて大層な呼ばれ方をしている森がある。
なんで三つなのか。四つじゃだめなのか。二つでもいいではないか。
そう思うが、どうも昔から“ベスト3”というのは、我々人類が大好きな形らしい。
森側からしたら「知らんがな」であろう。
森には天然林だの人工林だの原生林だの、
いろんなラベルが貼られていて、人間が勝手に仕分けをして悦に入っているが、
木からすれば「雨さえ降ればどっちでもいいんだよ」というのが本音かもしれない。
それでも、この国の森の中には、
いつしか人間の間で“美林”と呼ばれるようになった場所がある。
これを読んで、「ふーん」と思ってくれれば十分だし、
「へえ、おもしろいじゃん」と思ったあなたはかなり稀有な人だ。素敵な人だ。
※基本的に森林は天然林と人工林、そして原生林と呼び名が分かれているがまあこのページでは人工林や原生林については触れないでおくのでその辺は『天然林と人工林、原生林の違い』のページを見て頂きたい。
天然の三大美林
| 天然の三大美林 | 人工の三大美林 |
|---|---|
青森ヒバ【青森県】 | 天竜スギ【長野県】 |
秋田スギ【秋田県】 | 尾鷲ヒノキ【三重県】 |
木曽ヒノキ【長野県】 | 吉野スギ【奈良県】 |
スギとヒノキは、日本人が最も“馴れ合ってきた木”である。
家にして燃やし、風呂にして削り、
あんなことやこんなことまで、ずっと一緒にやってきた。
日本の国土の3分の2が森林。
そのほとんどが針葉樹。
これだけ木に囲まれて生きているのに、
「木材は外国に頼りっぱなし」という現実は日本の七不思議のひとつかもしれない。
https://mokuseikagu.com/shinyoujunoshurui/
青森のヒバ林 ― 成長が遅いにもほどがある

青森ヒバ。
ヒバ、と言っても正式には「ヒノキアスナロ」などという面倒な名前も持っている。
ところが実態はヒノキに似ているようで似ていない、
同じ「ヒノキ科」を名乗りながら顔立ちが違う、ちょっとややこしい親戚である。
このヒバ、成長がとにかく遅い。
直径70センチになろうと思ったら約300年。
人間だったら、
「おい、俺まだ家建てられないの?」
と泣き出すレベルだ。
しかし、このスローペースのおかげで木目は細かく、
“木材界の仙人”みたいなものを漂わせている。
さらにヒノキチオールという抗菌成分を多く含み、
シロアリや菌に対して
「来るなら来い。来ても無駄だがな」
という圧を放つ。
だから値段も高い。
ざっくり言えばスギが4000円のところ、ヒバは18000円くらい。
よく育ったものは高い。世界は残酷だが合理的でもある。
岩手の世界遺産、中尊寺金色堂にも使われている。
800年も崩れずに座っているあたり、
「寿命とは…」と考えさせられる。

秋田のスギ林 ― 切られすぎ、守られすぎ、いま供給停止

秋田スギ。
天然スギの顔と言ってよい。
昔から良材として都まで運ばれ、
秀吉だの藩主だのに「いいねいいね」と使われてきた。
その結果、1600年代に猛烈に伐られ、
100年で原生林がほぼ消滅する。
この時代から場当たり的なところは人間の性か。
そこから秋田藩は反省し、
番山繰制度などという、名前は硬いが内容はわりと真面目な方式で、
森を復活させていった。
やればできるのも人間のある意味おそろしいところでもある。
ただし現在はやはりあまりの資源低下により天然秋田スギの供給は2012年で停止した。
原則、伐採も禁止のため間伐もされない。天然スギは今後保護、保存が最優先と言うところか。
間伐されない森は
光が少なく、風も通りにくいがその分だけ木はゆっくり育ち、年輪が細かく育つだろう。
控えめで慎ましい性格の木柄は当分先にお預けってことか。
生物学的にはオモテスギとウラスギ(太平洋側と日本海側)などという分類もあるらしいが、
この際そんなことはどうでもよい。
大事なのは、
“天然ものはもう出てこない”
ということだ。

木曽のヒノキ林 ― 切れば首、守れば森

木曽のヒノキは、昔から寺社で使われた立派な材だが、
江戸時代に入り、建築ブームが来ると、
あっという間に伐り尽くされた。
人間とは、やはり“思春期の買い物”のように度を越す。
そこで尾張藩が
「ヒノキを切ったら首ひとつ」
という恐ろしい掟を作った。
この国は昔からだいぶワイルドである。
だがそのおかげで木曽ヒノキは守られ、
66年1サイクルの気長な森づくりが続き、
白く美しく弾力のあるヒノキが再び育った。
ところが現代。
ヒノキの苗が育つはずの場所にアスナロが生えてしまい、
光を奪い、スペースを奪い、
気づけばヒノキの居場所が狭められている。
森の世界でも、
「遠慮していたら席を取られる」
ということがあるらしい。
木曽は今、300年先を見据えてまた森づくりを始める必要にせまられているという。
300年後の人間がその努力を理解するかどうかは神のみぞ知る。
以下、中部森林管理局のサイトより一部抜粋
現状では後継樹の自然発生が期待できないことから将来が懸念される状況にあります。このため、200~300年先を見越し、今から次世代の木曽ヒノキ林を育成していくことが必要となっているのです。
~省略~ また、木曽谷は日本三大美林の一つ、木曽ヒノキの産地として全国にその名が知られており、現在でも林業・林産業が木曽谷の主要産業となっています。

最後に ― 森は優しいフリをして、実はかなり辛辣である
今回、三大美林を調べてわかったことがある。
森は想像以上に人間に振り回されている。
切られ、守られ、また切られ、
利用され、崇められ、また忘れられ、
その繰り返しだ。
そして結局、
安定供給できるのは青森ヒバだけ。
スギとヒノキは、天然も人工も、
どこかで無理をしている。
日本の木材自給率は30%程度。
昭和30年の94%から転げ落ちて、
平成12年には18%まで落ちた。
最近ちょっと上がっているのは、
「合板に国内材使い始めました」という事情らしい。
では、天然美林に頼れるかといえば、
もうそういう時代ではない。
他の天然林や人工林は伐れる年齢になっているが、
それが喜ばしいかどうかも判断が難しい。
森は長い時間を生きているが、
人間は短い時間で結論を出したがる。
そのギャップが、いつも森を振り回す。
だけど森は、それでも黙って立っている。
文句も言わず、静かに呼吸して、
長い時間を味方につけて、
人間の浅はかさをやんわり受け流している。
その姿が、少し救いであり、恥ずかしくもある。


